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2011年6月

2011年6月30日 (木)

地震

 今日は、朝から地震があったようで、気分的に落ち着かないかんじだった。

 松本市で震度5強ということで、被害も出たようだ。ケガをした人も少しいるようで、中には骨折した人もいるらしい。家屋の倒壊はないようだが、石塀がくずれたり、瓦が落ちたりしたらしい。

 松本城の天守閣にも一部ヒビが入ったらしい。

 自分は、震源から遠い勤務地へ到着していたので、感じるような揺れは無く、携帯に配信される情報で知った程度。

 東日本大震災との因果関係などわからないが、これだけ揺さぶられているのだから、あちこちの断層が動き出すのでは?…などと素人的に考えてしまう。

 松本にはよく知られている牛伏寺断層がある。かなり危険性が高まっているとの認識があるが、時限爆弾をかかえたまま生活しているようで不安になる。

 今の自宅は、牛伏寺断層と、けっこう近い…といっても数十キロはあるが、近いことは近いので、本当にこの断層による強い地震が起きれば、自宅も相当揺れるんだろうと思う。

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2011年6月27日 (月)

政治家というもの

 最近…というか、この間ずっと、首相の退陣の時期をめぐって、くだらないゴタゴタが続いている。庶民の目から見れば、誰がやっても同じ。この国難を乗り切るために、目覚しいリーダーシップを発揮して成果を生み出せる人物など、どこにいるというのだろう。それよりも、無用の空白期間を生じさせずに、そのまま続投してもいいではないか…という気にもなる。

 ただ、最近の首相の動きを見ていると、なんとも曖昧で訳がわからない。周囲で騒いでいる政治家と何も変わらない。首相の立場で動けるのをいいことに、美味しいところを独り占めする気ではないかと疑ってしまう。

 政治家は、物、金、人を動かす。それが仕事だ。

 主要な法案などを成立させることは大切だが、政治家にとっては、何が成立したかよりも、誰が成立させたかが大きな関心事だろう。

 「~法の成立に尽力した。」などと、経歴に1行加わることで、箔がつくかもしれない。地元の支援者との関係もより緊密なものになるだろう。

 でも、やっぱりどちらにしても国民を中心にした目線ではない。たとえ他人が敷いたレールの上であっても、誠心誠意仕事をしてほしい。

 

 

 

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2011年6月26日 (日)

忙しいのにパンダネット(2)

 さて、その後のネット碁だが、あと1勝で昇級というところで、まさかの負け。

 圧勝の形勢で、ゴール目前というところで守りが乱れてしまった。

 頓死して20子ばかり献上。結果は5目半の負け。盤面では1目リード。いったいどれだけ勝ってたんだ?…というくらいの優勢な碁を…。

 相手の勝利は、相手の実力とは違うかもしれないが、こちらの負けは、実力のとおりというかんじもする。積極的に戦局をリードし、石を働かせて打とうとして、一抹の不安が残っている部分の守備を怠る。圧勝しそうなときでも、いっぱいに働かせて打とうとする勢いが止まらず、時間の制約があって全部を読みきれない場面で無理をする。

 確かに、守るだけの手は、「みっともない」という意識が働き、なかなか打てないものだが、そうであれば、働かせながら守る手を打てばいいはず。でも、瞬間的に余裕が生じたときも、その意識を持てずに突っ込んでしまったり、そのような手を打とうとしても、思いつかなかったり。これは、試合運びが下手なために起こることだろう。

 なんだか普段の仕事の仕方と、どこか似てないか…?

 足元を固める前に先に進もうとして、息切れしそうになったり、大きな負担を抱え込んだり。

 自分が負けた対局の試合運びから、学ぶところが多々ありそうだ。

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2011年6月25日 (土)

講演の資料を…。

 来月予定されている講演の資料の締め切りが迫って、土曜日なのにあたふたと資料作り。

 実は既に1週間前には一旦完成していたのだが、いまひとつ納得がいかず、さらに修正していたもの。

 子ども虐待については、いくら語っても語りきれないものがある。今回は講演時間がやや短めで、その後の議論の部分が長めの研修会。議論のテーマとなるようなものを提示して、問題提起として話すほうがいいのだろう…ということで、そのような内容にしてあるつもり。

 たくさんの人が参加して、熱い議論をしてほしいと思う。

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2011年6月22日 (水)

今日は夏至の日

 今日は夏至の日。

 天文学上の正確な夏至は、昨日の夕方だったようだが、いずれにしても、これからは、日が短くなっていく。

 その日が短くなっていく憂いと、本格的な夏に突入する鬱々した気分で、毎日が憂鬱なかんじになる。北海道生まれの北海道育ちなので、信州の暑さ程度でも、湿度は高いと感じるし、どうしようもなく暑いと感じる。

 ちょっと気恥ずかしいが、故・藤沢秀行先生の「大道無門」の文字の日本棋院の扇子を、職場でもハタハタさせながら…ハタハタしていては仕事にならないか? 休み時間とか、ちょっとした休憩の時間には、ハタハタと…。

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2011年6月21日 (火)

忙しいのにパンダネット

 忙しいのに、なぜかネット碁を打ってみた。

 気分転換に、ネットを観戦して…などと思って、同じ段級位の人の対局を観戦していると、やけに「ヘタくそ」に見えてしまい、これなら、今の実力ならどんどん勝てるかも…などと、とんでもない勘違いをして、衝動的に連日の対局。

 自分の白番。相手の棋力は、こちらとほぼ同じと思われる。でも、打ち始めてすぐに、「しまった!」と思った。じっくり考えて打ってくるタイプ。観戦したときに見ていた人たちの、雑な打ち方とは違う。

 序盤から中盤にかけて、こちらが不利な状態に…。

 途中、相手の無理をとがめて、起死回生の勝負手を打ち、相手の大石を召捕っての中押し勝ち。なんとも、みっともない碁になってしまった。

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 鮮やかな、目が覚めるような打ち回しで勝ちたいと思っていても、実戦はなかなかそうはいかない。ギクシャクとしながらのぎこちない打ち回し。かっこよく捨て石をしたと思っても、その効果が見えず単なる大損だったり。利かしたつもりが、単に相手の地を固めただけだったり。相手の急所を衝いたつもりが、全然響いていなかったり。

 まあ、なにはともあれ勝つことができ、勝率は7割1分。あと1勝で昇級することができる。

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2011年6月19日 (日)

奈良井宿

110619_47 気分転換に木曽の奈良井宿へ。

 何回か訪れているところではあるが、完璧に隅から隅まで見ているわけではない。それなりに新しく見るものもあるものだ。

 食事は、「徳利屋」で五平餅の定食メニュー。蕎麦もついている。

 ここには、以前来たことがある。

 その時も同じようなものを注文したかもしれない。

 この店の蕎麦は、細くてコシがあり、ツルッとした感触で、とてもおいしい。

 五平餅は、普通は平たい木の棒についていたりするが、ここで出てくる五平餅は、木の棒にはついていない。バラバラに三つの五平餅が、一つのお皿にのってくる。

 それぞれ異なるタレがかけられているので、味を楽しむことができる。

 味は、胡桃のタレ、黒ゴマのタレ、それと…よくわからないが、何かの味噌のタレ。

 地元の素材を使いながら、丁寧に作ってあるようなかんじのメニュー。

 漬物もゴボウの漬物が出てきた。

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2011年6月18日 (土)

久しぶりのパンダ・ネット

 たまには気分転換…と思い、久々のネット碁。

 相手は、パンダネットで2ランク上のイギリスの人。こちらが黒番だが、逆コミ5.5目での対局。無茶な打ち方をしない人のようで、落ち着いた着手。考えるべきところで、小刻みに時間を使う。

 こちらのペースと似た感じで、落ち着いて打つことができた。

 結果は、3目半の勝ち。また少しレートが上がる。この調子でいくと、もう少しでワンランク上がるはず。

 でも、勝ったものの反省材料が多い。やや打ちにくい局面から、強引に割って入り、攻めることのできる石をつくり、厚みを利用しながら絡めて攻めてみた…と言いたいところだが、十分な攻めにはならず息切れ状態。

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 それにしても、ずいぶん久しぶりなネット碁だ。なんだか忙しくて余裕のない日々。

 毎日仕事の関係で、調べものをしたり、理論的に弱い部分を補強するために本を読んだり、講演原稿を書いたり、治療的な面接の新しい素材を思案していたり。

 そんな中でも、ネット碁は確かによい気分転換になる。頭は使うが、脳がリフレッシュするかんじ。

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2011年6月17日 (金)

子ども虐待の認識

 来月、社会人権教育研修会の子ども虐待についての分科会で1時間ほど講演することになっている。

 1時間の講演なので、あまり多くのことを話せるわけではないが、子ども虐待と人権の問題についての、一般世間での認識について、常々感じていることをぶちまけてみようかと思っている。

 いつも感じているのは、世の中の虐待に対する認識の甘さだ。専門機関のスタッフであっても、本当にことの重大さをきちんと受け止めていない人も多いのが実態だと思っている。

 虐待によって生じる人権問題は、一人の子どもについて見るだけでも広範に及ぶ。単に、暴言や暴力から守れば、それで問題解決ということではない。受けたダメージが、パーソナリティの形成全般に影響し、虐待が発見された時点で相当の歪みが生じていることが多い。

 その歪みが、その後の人生をさらに歪めてしまい、人生設計がうまく立たなくなることもしばしば。一度軌道から外れた人生を、元に戻すことは難しい。ケアがうまく進まなければ、大人になっても、鬱に悩まされたり、人間関係がギクシャクして職を失ったり、結婚生活がうまくいかなかったり。その他様々な問題が発生する可能性が高まってしまう。

 子どもの人生を将来にわたって奪い去ってしまうのが子ども虐待だと思う。実際に、精神科で仕事をしていると、なかなか改善しない鬱や、解離症状、関係念慮などで苦しんでいる患者さんに頻繁に出会う。その生育歴を詳細に見てみると、そこに子どもの頃からの虐待の事実を発見することがよくある。

 たとえ虐待が軽度に見えても、実際に受けるダメージは深いことがある。虐待の事実について報告されていなくても、話をよく聴き取っていくと、理不尽な環境があり、過剰な厳しさに曝された苦悩に満ちた過去が見えてくる。

 厚生労働省のデータや報告は、そういった重い人生の問題を明らかにしていない。それどころか、意味不明の統計を示し、虐待の実態の認識をかえって歪めてしまうことになっていると思う。

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2011年6月16日 (木)

扇風機

 今年は、扇風機がよく売れているという。

 もちろん、「節電」のために「エアコンではなくて…」ということでそうなっているのだろう。

 節電のために電化製品が売れるというのも、なんというか…基本的にわかっていないような気がするが。

 消費電力に違いがあるから、確かに節電になるのだが、結局電気を使うかたちでしか発想できないのは、なんというか…基本的にどこかちがっているのではないかと思う。

 電気に頼り切った生活を見直さなくてはいけないときに、結局電気に頼った方法を選ぶというのは、あまりにも解決の方法として浅はかなかんじがする。

 夏の暑さを凌ぐために風の効果を…ということなら、なぜ「扇子や団扇を」という話にならないのかと思う。発想の仕方自体が、基本的に変わっていない状況で、一体何をするつもりなのかと思う。

 せめて囲碁ファンの方は、日本棋院で販売している扇子を使っていただきたい。お気に入りの棋士の揮毫による扇子を使うのも、楽しいのでは?

 今持っている扇子は、小林光一九段が天元位に就いたときの記念の扇子。「玄妙」の文字が書かれている。地元旭川で配布された扇子のようだが、今は亡き祖父の形見の品だ。

 それともう一つは故・藤沢秀行先生の「大同無門」の扇子。自分の好みとしては、こちらのほうが好き。

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2011年6月15日 (水)

しまった!

 今日は、いつもと違う古いジャンバーを着て家を出た。

 バイクを駅の駐輪場にとめて、いつものとおりジャンバーの内ポケットに手を伸ばす…??

 しまった! プレイヤー兼用のICレコーダーがない! いつものジャンバーのポケットに入れたままだ…。イヤホンだけでもあれば、携帯のLISMOで代用するのだが、それもないし。

 結局、騒々しい電車の中、マナーも知らない高校生のやかましい大声でのバカ話を聞かされながら、電車に揺られての90分…たまらないストレスだ。

 聴きたくなくても聞こえるし、一言一言が聞こえて、いちいち会話の流れを追ってしまう。それも、あちこちの会話を同時に、自動的に追いかけてしまうのを止めることができない。

 聴覚的な刺激を過敏なほど拾ってしまう自分の発達特性を呪うしかない。

 最近は、電車が来る1分前くらいになると、電車の音をキャッチしてしまう。「電車の音がする…そろそろ来るかな」とわかってしまう。空気中を伝わってくるのか、線路が音を伝えるのか? 普通の人が気にしていない音を敏感にキャッチして反応していることは明らか。

 周囲の人よりも状況を早く感知し、早く行動を起こせるメリットはあるのだが、聴きたくない音でも無差別的に聞いてしまうのは、大変大きなデメリット。

 周囲の音をシャットアウトするために、毎日電車の中、イヤホンで聴いている「いきものがかり」の曲…改めて感謝感謝! 毎日聴き飽きることなく聴き続けられる作品は貴重だ。

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2011年6月14日 (火)

反原発…!…?

 あちこちで、反原発の動きが高まっているようだが、反原発のデモなどに参加したり、イベントに参加する人たちも増えてきたのではないだろうか。

 でも、そういった人たちに対して、問いたいことがある。

「必要な電力は、どうやって得るの?」
「必要な電力が得られないなら、節電する気はあるの?」
「電気に頼り切った自分の生活をどう変えていくつもり?」

 単純に原発は危険だからやめるべきだということなら、誰もがそう思うし、そうしたいと思うだろう。

 問題は、原発なしでは成り立っていない我々の生活をどうするのかを考えた上で、「反原発」を叫びなさい…ということ。

 この夏、エアコンなど使わずに、団扇とか扇子とかで凌ぐつもりはないのかな?
 掃除機を使わずに、箒とちり取りで我慢する気はないのか?
 夥しい数の携帯電話。本当に必要なのか考えてみては?

 未だに「オール電化」とか言って宣伝していたりするけど…。大丈夫?(もうオール電化にしちゃった人は、そのまま電気でやっていくしかないね。)

 テレビとか無駄に見てない? 時間つぶしに見ているだけのテレビが電気を食ってるよね。

 その他電気が必要な電化製品がいっぱい!

 反原発、脱原発のためには、代替エネルギーの確保という方向もあるだろうけれど、無駄に使っている電気の節電をまずは考えないと、脱原発など、まだまだ時間がかかる話だろう。

 気まぐれに、衝動的に、付和雷同的に「反原発」を叫んでいるだけなら、原発を推進してきた自民党政権時代からの、おバカな政治家の言っていることと同じレベルだと思う。 

 

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2011年6月13日 (月)

最近の定番の音楽

 電車通勤の長い時間、高校生のおしゃべりなどの騒音をシャットアウトするためにイヤホンで耳を塞いで聴いている音楽・・・最近は、もっぱら「いきものがかり」に限定されている。

 以前は、ZARDというか坂井泉水が、もっぱらだったのだが、何度も繰り返し聴くので、完成度が高くないと、あちこちにアラが目立ってきて聴けなくなってしまう。坂井泉水は、今でもいいと思っているが、レコーディングされた曲でも、音程が不安定なものが多く、気持ちにブレーキがかかってしまう。アルバムに収録されている曲は、全部持っているので、少し厳選して通勤用のコレクションをつくらなければならないようだ。

 その点、「いきものがかり」は完成度が高いと思う。ボーカルはもちろんそうだが、曲としての出来がいい。何度聴いても、不安な気持ちにならなくて済む。それに、歌詞がいい。言葉の力を感じる。

 今は、「いきものがかり」からさらに厳選して、90分聴き続けることができるよう編集したものを、プレイヤー兼用のICレコーダーで聴いている。降車する駅でちょうど聴き終わるかんじになっている。

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2011年6月12日 (日)

久しぶり

Dscn2838  この土・日曜日は、久しぶりに教え子達の同期会に出席したり、草取りをしたり、碁を打ったり。

 平和な時間だ…。

 震災の関係の出張から戻って、まだ1週間。特に問題なく、ダメージを受けることもなく帰ってきたように思っているが、どことなく不安定な感じがある。ややハイテンションのようなところもあり、昂ぶった気持ちを抑えるかのような方向で、少し多めにお酒を飲んでしまったり、異様な眠気に襲われたり。

 震災関連の出張は、自覚できないレベルで影響はあったと考えるのが妥当のようで、平和な日常を過ごすことは、精神衛生上必要なことのようだ。元の心理状態に戻らなければ、仕事でも支障が出てしまう。

 そう考えると、非日常を体験し続けている被災者の方たちのことが、やはり心配になる。復興への道筋が見えない状況の中を生きることは大変なことだ。

 現地ではアルコール依存の問題が、かなり深刻化している印象を受けた。この震災を機にアルコール依存症になってしまう人もたくさん出てくるのではないかと心配だ。

 こちらは、テンションが高まったまま、来月予定されている講演の資料まで作ってしまった。いいような悪いような…。

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2011年6月11日 (土)

気仙沼(8)…混沌とするケア

 被災地のいろいろな人の話を聴いていて「?」と思うことがある。

 話の中に出てくる悩み事、不安の中身が、必ずしも震災による問題ではなく、それ以前からあった問題ではないか…と思う部分が多い。

 「ケアチーム」として現地に入ることで、潜在化していた昔からの問題を掘り起こしてしまったのではないかと思える。これは、現地スタッフの仕事であって、ケアチームの仕事ではないように思えてくる。

 でも、事はそう単純ではないようだ。

 東北の人たちは辛抱強い。人には負担をかけずに、一人一人が様々なことを抱え込んで耐えながら生活してきたのではないだろうか? 男は遠洋漁業に出て、1年以上留守にすることもある。女性やお年寄りが養殖などの仕事で生活を支える。弱音を吐いていられる生活ではないように思う。

 でも、一人が背負える精神的負担には限界がある。震災をめぐる様々な問題が加わることで、その限界を超えてしまった結果、以前から抱え込んできた問題まで、相談の中で話されているのではないかと思う。

 そうすると…そのような話が出てくること自体が、震災の結果として気持ちが「崩れてしまった」状態と考えるべきか?

 しかし、一度表現されてしまったものは、どう収めていくのだろう。またもと通りに抱え込んでいけるようになればいいのか? それとも、現地のスタッフがそこもケアしていくのか? でも、現地にはそんなマンパワーなどあるわけがない。もともと関わるスタッフがいない地域なのだから復興しても、スタッフ不在の状況は変わらない。顕在化した問題を、つなげるべき相談機関が存在しないという状況。外部からの支援は、相当長期に行なわないと、地元でのケアは軌道に乗らない印象がある。

 東北の人の辛抱強さ…ストレスを抱え込んで、それに耐えていくのが当たり前…弱音をはかない…こういうことが、震災のケアの問題を難しくしているような気がしてくる。

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2011年6月10日 (金)

気仙沼(7)…市街地

 気仙沼市街地は、火に包まれている映像がTVで何度も繰り返し流されているので、強烈に脳裏に焼きついている人も多いと思う。

 気仙沼市街地に入ると、その被災の状況は、想像をはるかに超えている。

 気仙沼の港付近は、本当に壊滅状態だ。港には船が打ち上げられているし、夥しい量の瓦礫が散乱している。

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 建物の1階部分だけではなく、2階部分にも直接津波がかかっているような痕跡がある。

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 この港から少し奥に入ると、より生々しい被害の跡が見えてくる。

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 建物の多くは、1階は滅茶苦茶。2階部分は、形はとどめていても壊れていることに変わりはない。

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 2階部分が崩れてこないか…危険な状態のままになっているものも多い。

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 こういう光景の中を歩いて学校に通う子どもたちを見かけた。家族を失った子どももいるだろうに…この中を毎日歩かなければならないのは、辛いことだと思う。

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2011年6月 9日 (木)

気仙沼(6)…大島

 気仙沼には海水浴場があるが、当然のことながら津波のために、あたり一面ぐちゃぐちゃの状態。近くの道路端には瓦礫が寄せ集められたままだ。

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 壊れたものが散乱している状態。剥がされた道路の一部もあったりする。
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 砂浜は、まだ手付かずの状態。島の漁業をどうするのか、養殖は再開できるのか…ということのほうが優先的な課題だろう。

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 灯台も傾いている。

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 浜の木もあちこち折れているが、かなり上の方の枝が折れている。津波の高さがかなりあったことがわかる。

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 浜の近くにある建物は壊れているし、この浜からかなりのところまで津波が到達しているのがわかる。道路も一部割れたまま。

 被災前の映像を見ると、島の周辺には養殖筏がたくさん並んでいて、面白い模様になっているのだが、被災後の写真には、養殖筏は何も写っていない。島の人も、「全部流されてしまった」と言っているので、一瞬にして全てがなくなってしまったということだ。再開するにも資金がなかったりするだろうし、再開を断念するところも出てくるのではないか?

 漁業にしても船をやられてしまっては漁に出るのも難しい。

 生計の途が失われてしまっては、この島での生活そのものが危うい。

 なかなか手が入らない状況の中で、島全体の復興は、相当の時間が必要のようだ。

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2011年6月 8日 (水)

気仙沼(5)…大島

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 上の写真は、大島のフェリー乗り場付近。奥に大きなフェリーがあるが、これは陸に打ち上げられているもの。元々本土との行き来に使われていたもののよう。

 左側には、瓦礫が山になっているのが見えるが、つぶれた車も多数積まれている。

 打ち上げられたフェリーを近くで見ると、下の写真のようなかんじ。

Dsc_0048

 よくもまあ、こんなに大きなものが、ここまで…と思うが、もっと奥には、かなりのところまで津波が到達しているので、なるほど津波にはそれだけのエネルギーがあるのか…と納得する。これでは、家屋などひとたまりもない。

 島の玄関口がこの状況なので、観光客を呼び戻すのは、なかなか時間のかかることだろう。もちろん、玄関口だけの問題ではなく、この島の産業が壊滅状態なので、この美しい島自体がどうなっていくのか心配だ。

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2011年6月 7日 (火)

気仙沼(4)…大島

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 上の画像は、気仙沼大島を西側から眺めたCG画像。国土地理院のデータを使って作ってみたもの。

 大雑把な言い方をすると、大島は、東西(上の画像の手前から奥方向)2km、南北(同じく横方向)5km。

 南側(画像では左側)の山は、亀山といって標高235m。ここから南になだらかな傾斜のある地形が続いている。

 亀山の麓には、標高の低い縊れた部分があるが、ここは東西両方から津波が押し寄せ、島を分断した地域。被害が大きく、処理しきれない瓦礫がたくさんある。他の部分でも、海に向けてなだらかになっている地域では津波の被害がかなり出ている。

 亀山も本土から流れ出た燃えている油が到達して延焼している。Googleの画像でもその部分が黒っぽくなっていて、燃えたことがわかる。

 中央よりやや右側、向こう側の湾には、海水浴場があるが、瓦礫が散らばっていて、観光客を呼び込めるような状況にはなさそう。

 本土からのフェリーは、亀山の麓の縊れた部分、こちら側の奥まったところに着くのだが、あたり一面瓦礫の山。大きなフェリーが陸に打ち上げられている。

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気仙沼(3)…知ることの大切さ

 今回の気仙沼への出張の準備作業の中で感じていたことなのだが、気仙沼のことを調べれば調べるほど、気仙沼に愛着が湧いてきて、身近なものに感じるようになっている。

 地図で見るだけでなく、CGで大島をいろいろな角度から眺められるようにしてあるが、ここまでくると、人ごととは思えないくらい、「大島」という土地に「愛情」のようなも感じてくる。

 単に、東北の一地方ということだけなら、TVで流された衝撃的な被害の映像も、「衝撃的」「悲惨さに心が痛む」などと表現する程度のことかもしれない。でも、実際にこの土地のことを知れば知るほど、あの炎に包まれた気仙沼の映像に、言葉にならないほどの悲痛な思いを抱くことになる。

 もちろん「よそ者」が感じる程度のものでしかなく、本当の辛さが分かるわけではないが、涙がにじむほどのものがこみ上げてくるのも事実。

 やはり知ることは大切なことだと思う。

 中島みゆきの「顔のない街の中で」という歌を思い出す。

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 見知らぬ人の笑顔も 見知らぬ人の暮らしも
 失われても泣かないだろう 見知らぬ人のことならば

    …(中略)…

 ならば見知れ 見知らぬ人の命を
 思い知るまで見知れ
 顔のない街の中で
 顔のない国の中で
 顔のない世界の中で

--------------------

 本当にそのとおりだと思う。大切のところに大切な感情を向けるには、まずは知ることが必要だ。日々の臨床の中でもそれは同じ。相手を知ること、理解することが、相手への適切で自然な関わりを生み出すものだ。

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2011年6月 6日 (月)

気仙沼(2)…大島

 事前の情報収集ということで、「ALL311 東日本大震災」というサイトで下調べをしてあったのだが、ここで提供されている日本地理学会の津波被災マップ…気仙沼大島に限って言えば、「津波の遡上範囲」や「家屋の多くが流される被害を受けた範囲」が実際とはかなり違っている印象を受ける。

 このマップでは、津波が到達したことになっていない地点でも、実際には到達していて被害が出ている。地元の人の証言でも、津波の遡上範囲はもっと広範囲に及んでいる。

 現地を実際に見た自分の感覚では、津波に襲われた地域は、マップで示されたものの2倍はあるように思う。

 日本地理学会ではどのように判断したのかは知らないが、データが何かに利用されるのなら、もっと正確なデータに修正をしてほしいところだ。

 航空写真をもとに判断しているのなら、判断の方法に根本的に問題がある。屋根や2階部分がしっかり残っていても、1階部分は窓などなく、柱がむき出しで、スカスカの状態になっている家がかなりある。相当の壊れ方をしていて、居住困難な全壊の状態ではないかと思う。

 気仙沼大島は、復興への動きに取り残されていく感じがあって、とても心配だ。被害の状況や、ケアの必要な部分についての正確な情報が早く共有されるようにしてほしいと思う。

 心理的な面でのケアの問題も、大きいはずなのだが、その実態はほとんどつかめていない状態だ。現地には、「こころのケア」に関する専門家は一人もいない。ニーズの掘り起こし自体ができていないし、そのための準備さえ進んでいない。

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2011年6月 5日 (日)

気仙沼(1)

 気仙沼滞在中に、揺れを感じるレベルの地震は、7回くらいあったのではないかと思う。

 元々敏感であることもあってか、その度に夜中に目を覚ましてしまった。震度1程度でも、建物がギシギシ鳴ったりすると、その音だけでも目が覚めるし、実際に揺れを感じる。たとえ音が聞こえず揺れだけであっても、目が覚める。

 時には、なぜか目が覚めてから揺れを感じ始めたり、音が鳴り始めたりすることも。なぜだろう? 閾下の刺激で目が覚めてしまったということか?

 大きな被害があったことを知っている地域であるため、余計過敏になっていたかもしれない。

 そんなことも含めて考えると、地震による心理的精神的なダメージというものは、とてつもなく大きいことがわかってくる。

 PTSDを発症している人もいるわけだが、「単発性のPTSD」などという言い方が、ちょっと当てはまらないのが地震による問題のように思う。

 地震の場合は、そのときの衝撃はもちろん大きいが、「余震」が繰り返し起こるため、何度も恐怖に曝される。そして、家を失い、家族を失ったことの悲痛な想いはいつまでも続く。ましてや遺体さえ見つからない状態では、何もかもが宙に浮いた状態で呆然とする以外どうしようもない。思い出の品すら残っていなかったりする。さらに仕事も失い、生活の目途も立たない状態では、あまりにもダメージが大きい。近隣との関係までギクシャクしてきたりする。

 実際に起こった出来事は、最初の一撃だけではなく、それに付随する夥しい出来事が複合的に組み合わさり、大きな絶望を生み出してしまう。そして、解決の見通しも立たないまま、いつ終わるかわからない苦悩の中を生きることになる。

 そう考えると「単発性」という言い方は、全く当てはまらない。

 虐待のような持続する対人的なトラウマテッィクな問題から生じる複雑性PTSDも極めて重い問題なのだが、その状態とも違った、別の種類の重い問題がそこにあると思う。

 一瞬にしてアタッチメントを根こそぎ奪い去ってしまう震災。物理的にも心理的にも、癒されることなく続いていくかもしれないその爪あとは、深く生々しいものだ。

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2011年6月 4日 (土)

気仙沼から無事戻った

 勤務先の病院からの第4次支援チームということで、県内の他病院からリレー形式で引き継いで、宮城県の気仙沼に出張していたが、今日の夕方無事帰着。

 いろいろと考えさせられる部分があり、簡単なレポートは既にまとめてあるが、このブログでの報告は、少し慎重に検討してからにするつもりでいる。

 こちらの思い込みがあるかもしれないし、被災者側の立場から見て妥当性を欠くようなものをネット上に垂れ流すような間違いが生じてはいけないと思うからだ。

 でも、その一方で、状況の厳しさは、是非知ってほしいとも思う。あまり日がたたないうちに所感を記事にするつもりでいる。

 当面は出張前に調べたいろいろなデータなどを紹介していきたいと思っている。

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